結論 — しんどさの正体は「物の量」ではなく「小さな不便の放置」

実家の心配ごとというと、まず「物が多い」が思い浮かびます。 けれど生前整理の現場からよく語られるのは、散らかっていない普通の家でも、小さな不便を放置していると、 加齢とともにそれが一気に暮らしの負担に変わるという指摘です。

床にひと山だけ置いてある新聞。少し高い位置にある吊り戸棚。 玄関の 15 センチの段差。夜は暗い廊下。 どれも 60 代なら「ちょっと不便」で済みます。 ところが膝や腰、視力、バランス感覚が少しずつ変わると、 同じ不便が「そこを通らない」「そこは使わない」という行動の縮小に変わります。 使わない場所が増えると、生活は 1 か所に凝縮し、その 1 か所に物が集まる — この順番で家は回りにくくなっていく、という見方が紹介されています。

だからこの記事は、当サイトの他の記事といったん逆を向きます。減らす話ではなく、直す話です。 そして「あえて残しておいたほうがいい物」の話もします。 帰省で気になることがあった段階の方は、帰省時に見抜く実家の危険サイン 7 選で 気づき方を確認したうえで、この記事を「気づいた後、家にどう手を入れるか」として 読んでもらえればと思います。

どこで事故が起きているか — 手を入れる場所の根拠

優先順位を決めるときに参考になる公的なデータがあります。 東京消防庁は、管内の救急搬送データから高齢者の日常生活事故を集計・公表しています。 それによると、高齢者の事故の種別では「ころぶ」が全体の 8 割以上を占め、 住宅等の居住場所で起きた「ころぶ」事故は9 割以上が屋内でした。 さらに屋内の場所別では、搬送人員が多い順に居室・寝室、玄関・勝手口等、廊下・縁側・通路、トイレ・洗面所、台所・調理場等と 並びます(東京消防庁「救急搬送データからみる高齢者の事故」)。

もうひとつ、「落ちる」事故も約 8 割が住宅等の居住場所で起きており、 その中では階段が最も多いと報告されています。

この並びが示しているのは、事故が起きるのは特別な場所ではなく、毎日必ず通る場所だということです。 寝室、そこから出る廊下、トイレ。頻度が高いほど回数が積み上がります。 「玄関のタイルを張り替える」より前に、夜、布団から出てトイレまで行く道を 1 本きれいに空けるほうが 効くのは、この理由です。

※ 上記は東京消防庁管内(稲城市・島しょ地域を除く東京都)の救急搬送データに基づく集計で、 全国の発生率を示すものではありません。場所ごとの傾向を読むための参考としてご覧ください。

手を入れる優先順 — 上から順に、1 か所ずつ

一度に家全体を作り替える必要はありません。 むしろ大がかりに始めると親が身構え、途中で止まります。 順番は「毎日通るところ」「命に関わるところ」から、が原則です。

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    寝室からトイレまでの動線を 1 本空ける最優先

    床置きの物をどける、敷物の端をとめる、コード類をまとめる。夜間・寝起きは暗く判断も鈍るため、足元灯を足すところまでを 1 セットにします。費用はほとんどかかりません。

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    毎日使う物を「腰から胸の高さ」に寄せる

    踏み台に乗る・しゃがみ込む動作が要る場所から、よく使う物を移します。吊り戸棚の上段と、床に近い引き出しの最下段は「毎日使わない物の置き場」に切り替えます。

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    手すりと段差を検討する(ここから制度の話になる)

    トイレ・浴室・玄関・階段・廊下。介護保険の住宅改修費の対象になり得る工事です。着工前の申請が要件なので、業者を決める前にケアマネジャーか市区町村の窓口へ。

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    台所と洗濯の「止まり具合」を見る

    食事づくりと洗濯が滞りはじめると、暮らし全体のしんどさに直結するという見方が紹介されています。作業台の高さ、物の置き場、洗濯物を干す場所までの距離を点検します。

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    照明・エアコン・冷蔵庫など「壊れたら困る設備」を先に更新する

    故障してから手配すると、真夏・真冬に数日待たされることがあります。動いているうちに替える判断が要る部分です。

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    最後に、減らす作業に戻る

    暮らしの安全が確保できてから、量の話に移ります。順番を逆にすると「片付けたのに暮らしは楽にならない」になりがちです。

介護保険の「住宅改修費」を知っておく

手すりや段差の解消は、自費で工事するものだと思われがちですが、介護保険に住宅改修費の支給という仕組みがあります。 正式には居宅介護住宅改修費(要支援の方は介護予防住宅改修費)といい、 対象になる工事の種類が定められています。

項目内容
対象となる工事① 手すりの取付け ② 段差の解消 ③ 滑りの防止・移動の円滑化等のための床または通路面の材料の変更 ④ 引き戸等への扉の取替え ⑤ 洋式便器等への便器の取替え ⑥ 上記に付帯して必要となる住宅改修
支給限度基準額20 万円(この範囲の工事費のうち、自己負担は原則 1〜3 割)
利用の前提要支援・要介護の認定を受けていること。改修が必要な理由を示す書類(ケアマネジャー等が作成)が必要
申請のタイミング工事に着手する前に市区町村へ申請し、計画の確認を受ける
回数原則 1 回(限度額まで分割して使うことは可)。 ただし「介護の必要の程度」の段階が 3 段階以上上がった場合、 および転居した場合は、改めて限度額まで支給を受けられる
支払い方法いったん全額払って後から払い戻す償還払いと、自己負担分だけ支払う受領委任払い(自治体と契約した事業者に限る)がある

この表でいちばん大事なのは申請のタイミングです。 自治体の案内には「着工後の申請は制度の対象となりません」とはっきり書かれています。 知り合いの工務店に頼んで手すりを付けてもらってから制度を知った、 という順番になると、20 万円の枠は使えないまま残ります。工事の話をする前に、ケアマネジャーか市区町村の介護保険窓口に連絡する — この 1 手を先に置くだけで、費用の負担がまったく違ってきます。

もうひとつ知っておくとよいのが、自治体独自の上乗せ制度です。 たとえば東京都内の一部の区市には「高齢者自立支援住宅改修給付」という名称で、 介護保険とは別枠の給付を設けている例があります。 要介護認定が非該当の方を対象にした予防的な給付や、 浴槽・流し・便器の取替えといった設備工事に対する給付を用意している自治体もあります。制度の有無・名称・限度額は自治体によって大きく違うため、 実家のある市区町村の高齢者福祉の窓口で確認してください。

※ 制度の内容は法改正や自治体の運用で変わります。ここでは全国共通の枠組みを紹介しています。 どの工事が対象になるか、いくら支給されるかの個別判断は、ケアマネジャーおよび 実家のある市区町村の介護保険担当窓口・地域包括支援センターにご相談ください。 要介護認定の申請から相談したい場合も、地域包括支援センターが入口になります。

「減らす」だけが正解ではない — あえて残す備え

ここが、当サイトの他の記事といちばん違う部分です。 片付けを進めるうちに減らしすぎて、いざというときに困ることがある、 という指摘があります。すっきりした家が目的になってしまうと、 「使っていない物」と「まだ使っていないだけの備え」が同じ扱いになってしまうからです。

高齢の親の家では、体調を崩した日・停電した日・断水した日にすぐ買いに行けないという条件が加わります。 健康なうちの「必要になったら買えばいい」が成り立ちにくい。 だから残す物を先に決めてから、減らす作業に入ります。

減らす物と、残す備え — 判断の分かれ目

同じ「使っていない物」でも、扱いが分かれます。 区別の軸は「その物が将来の困りごとを減らすか」です。

迷いやすい物減らす方向で考える場合あえて残す方向で考える場合
日用品のストック収納に入りきらず床や廊下に積まれている / 何があるか把握できていない収納に収まる範囲で、数日〜数週間分。置き場所が決まっている
古い家電壊れて動かない物を「いつか直す」で置いている今動いていて生活に必須の物(エアコン・冷蔵庫)は、動くうちに新品へ入れ替える
台所道具持ち上げるのがつらい重い鍋・使えない状態の物軽くて操作が分かりやすい物。古くても本人が使いこなせているなら残す
衣類・寝具何年も着ていない・かさばって収納を占領している季節の変わり目に体調を左右する寝具は、量ではなく状態で判断する
思い出の品本人が「もういい」と言った物から、少しずつ本人が理由を言える物。無理に減らすと、その後の話し合い全体が止まります

家電は「壊れてから」では間に合わないことがある

備えの中でもエアコンだけは、少し強めに書いておきたいところです。

東京都は、東京都監察医務院と東京大学の共同研究として、 東京都 23 区の熱中症死亡例の分析結果を公表しています。 それによると、屋内で亡くなった 1,295 例のうち、 エアコンを適切に使いこなせなかったとみられる事例が 213 例(16.4%)ありました。 その内訳にはエアコンが故障して使えなかった 129 例が含まれています (東京都「熱中症死亡に係る発生リスクの研究分析結果」2025 年 6 月公表)。 ほかにリモコンの電池が切れていた、暖房や送風の設定になっていた、 といった事例も挙げられています。

エアコンがある家でも、こうした理由で使えていない状態が起こりうるということです。 帰省したときに実際にリモコンを操作して冷房が出るかを 確かめておくのは、家に手を入れる作業のうちで最も費用が安く、 効果が読みやすい確認のひとつだと思います。 古い機種で買い替えを迷っているなら、真夏になる前が現実的なタイミングです。

「古いから捨てる」ではなく「今の体に合っているか」

残す・減らすの判断で、年式を基準にすると話がこじれます。 親にとっては長く使ってきた物ほど扱いが分かっているので、 「古い」は欠点になりません。

代わりの基準として紹介されているのが、「今の体に合っているか」です。 台所道具なら、いちばん実用的な指標は重さだという見方があります。 水を入れた鍋を片手で持ち上げられるか。 棚から下ろすときにぐらつかないか。 ここが怪しくなっている道具は、古いかどうかに関係なく入れ替えの候補になります。

もうひとつ、多機能でタッチパネル式の新しい家電より、単機能でダイヤル式・押しボタン式のほうが使い続けられる場合があるという 報告もあります。買い替えを提案するときに「最新のいいやつ」を選んでしまうと、 結果として使われなくなることがある、という話です。 選ぶときは、実際に操作するのが誰かを基準にしてください。

親と一緒に決めるための進め方

ここまで書いてきたことは、どれも親の家のことです。 子が良いと思う配置に勝手に変えてしまうと、 「使いにくくなった」「物がどこにあるか分からなくなった」という結果になりがちです。 進め方には少しコツがあります。

提案そのものを拒まれる、話にならない、という段階の場合は、 子だけで押し切らないほうが安全です。 実家のある市区町村の地域包括支援センターに相談する道筋を片付けを拒む親の家に、どう手を入れるかで 整理しています。 逆に、在宅での暮らしを続けるのが難しくなってきた場合は、 家に手を入れるより施設を検討する段階に移ることもあります。 その場合の実家の扱いは親が施設に入ったら — 実家の片付けと持ち込み品の選び方を 参考にしてください。

よくある質問

Q. 介護保険の住宅改修費は、工事のあとから申請できますか?

できません。介護保険の居宅介護(介護予防)住宅改修費は、工事に着手する前に市区町村へ申請して改修計画の確認を受けることが要件になっています。自治体の案内でも「着工後の申請は制度の対象となりません」と明記されています。よい業者を見つけて先に工事を進めてしまうと、20 万円の枠がまるごと使えなくなります。手すり 1 本でも、まずはケアマネジャーか市区町村の介護保険担当窓口に連絡するところから始めてください。なお制度の利用には要支援・要介護の認定が前提になります。

Q. 親はまだ元気で、要介護認定も受けていません。何もできませんか?

介護保険の住宅改修費は使えませんが、できることはあります。床に置いた物をどけて通り道を空ける、足元灯をつける、よく使う物を腰から胸の高さに移す、といった費用のかからない手当ては今日からできます。また自治体によっては、介護保険とは別枠で高齢者向けの住宅改修助成を設けている例があり、要介護認定が「非該当」の人を対象にした給付を用意している自治体もあります(内容と限度額は自治体ごとに大きく違います)。実家のある市区町村の高齢者福祉の窓口か地域包括支援センターで確認してください。

Q. 「減らさなくていい」なら、片付けはしなくていいのですか?

そういう趣旨ではありません。減らす必要がある物は確かにあります。この記事が言いたいのは、減らす作業と、暮らしを安全にする作業は別だということです。物の総量が半分になっても、通り道が塞がったまま・照明が暗いまま・よく使う物が高い棚のままなら、暮らしのしんどさは変わりません。逆に、備えとして必要な物まで一律に減らしてしまうと、体調を崩したときに困ることがあります。「捨てる/捨てない」の前に「毎日の動作が楽になるか」で並べ替えるのが、この記事の提案です。

※ 本文中の「〜という指摘がある」「〜という報告がある」は、生前整理・片付けの実務者が 発信している内容の整理で、当サイト運営者の体験ではありません。 制度の数値・要件は厚生労働省および自治体の公表資料に基づきますが、 運用は自治体ごとに異なり、改正もあります。 どの改修が必要か、どの制度が使えるかといった個別の判断は、 ケアマネジャー・実家のある市区町村の介護保険担当窓口・地域包括支援センターに ご相談ください。健康や在宅生活の限界の見きわめについては、かかりつけ医にご相談ください。