結論 — 役所は日割りしてくれない。精算は「当事者間の慣習」
相続した実家を売るとき、「引き渡し後の分の固定資産税まで自分が払うのはおかしいのでは」 という疑問はほぼ全員がぶつかります。答えを先に書くと、次の3つに集約されます。
- 行政は年度途中の日割り課税をしない — 固定資産税は1月1日時点の所有者に、 その年度の1年分が全額課されます(地方税法343条・359条)
- だから当事者間で「精算金」をやり取りする — これは法律上の義務ではなく、 売主と買主の合意で行われる商慣習です
- 起算日をいつにするかで金額が変わる — 同じ引き渡し日でも、 1月1日起算か4月1日起算かで、負担額が数万円単位でずれます
実家売却の流れでは 「固定資産税は引き渡し日を境に日割り精算するのが慣例」と一行で触れましたが、 この記事ではその一行の中身を、相続してから売るまでの時系列に沿って掘り下げます。
大前提: 1月1日時点の所有者に、1年分が課される
固定資産税の賦課期日は1月1日(地方税法359条)、 納税義務者はその日の所有者(地方税法343条)です。 愛知県岩倉市は公式サイトで、この仕組みを次のように説明しています — 年度途中で売買契約がなされた場合でも、その年度の税金は1月1日現在の所有者に全額課税される。 売買契約書に税負担の取り決めが書いてあっても、 それはあくまで当事者間での合意であって、課税・納税義務は1月1日現在の所有者にある、と。
ここが出発点です。「役所に言えば日割りにしてくれる」ということはありません。そのうえで、期間に応じた負担を実現するために、当事者同士でお金をやり取りしているのが 「固定資産税の精算(清算)」です。国税庁の質疑応答事例でも、この合意は 「買主がこれを負担することなくその土地及び家屋を所有する期間があるという状況を調整するために 個々的に行われるもの」と説明されています。
相続した時点では、どう扱われるのか
売却の話に入る前に、相続した直後の扱いを整理しておきます。 ここは「日割り」ではなく相続分による按分の話になるため、 売買時の精算とは考え方が別物です。
亡くなった年度の税金 — 納税義務は相続人が引き継ぐ
1月1日時点で親が所有者だった以上、その年度の固定資産税は親に課されています。 親が3月に亡くなっても、税額が3か月分に減ることはありません。 残った納税義務は相続人に承継されます(地方税法9条1項)。 相続人が2人以上いる場合は、「民法第900条から第902条までの規定によるその相続分によりあん分して計算した額」を各相続人が納めるのが条文上の建て付けです(同条2項)。 なお、限定承認をした相続人については「相続によって得た財産を限度とする」とされています。
翌年度以降 — 未登記のままだと相続人全員が連帯して負う
相続登記が済まないまま年をまたぐと、登記簿上の所有者は亡くなった親のままです。 この場合、その固定資産を「現に所有している者」=相続人が納税義務者になります (地方税法343条2項)。福岡県太宰府市は公式サイトで、 現所有者は登記簿上の所有者が亡くなった翌年度から納税義務を負い、 現所有者が複数いる場合はその全員が連帯して固定資産税を納付しなければならない、と説明しています。 東京都国立市も同様に、相続登記が行われていない場合は法定相続人全員が現所有者として 連帯して納税義務を負う、としています。
出しておくべき2つの届出
- 相続人代表者指定届納税通知書などを受け取る代表者を相続人の中から指定して市区町村に届け出るもの(地方税法9条の2第1項)。出さないまま相当の期間が過ぎると、市区町村長の側で相続人の1人を代表者に指定できる、とも定められている
- 固定資産現所有者申告書登記簿上の所有者が亡くなった後、実際に所有している相続人を申告するもの(地方税法384条の3)。太宰府市は「自身が現所有者であると知った日の翌日から3か月を経過した日まで」に申告が必要としている。多くの自治体が相続人代表者指定届と1枚の様式にまとめている
- 提出しても「誰が相続するか」が決まるわけではない納税通知書の送付先を決める手続きであって、遺産分割の結論とは別。国立市は、届出後に翌年度の課税時期までに相続登記が行われた場合は登記を優先する、としている
- 納税通知書が届かなくても税額は消えない届出を出さないと通知書が旧住所に送られ続け、気づかないうちに延滞金が積み上がることがある。実家が遠方なら早めに市区町村の税務課へ
※ 届出の名称・様式・提出期限の運用は市区町村によって異なります。 実家のある市区町村の公式サイトか税務課(資産税課)で、最新の様式と必要書類をご確認ください。
売却するまでの流れと、固定資産税が動くタイミング
- 1相続が発生する賦課期日は1月1日
その年度分は親に課された税。納税義務を相続人が承継する(相続分によるあん分)
- 2相続人代表者指定届・現所有者申告を出す
納税通知書の送付先を確定させる。知った日の翌日から3か月以内という自治体が多い
- 3相続登記をして名義を自分に移す
売却には必須。翌年度以降の納税通知書は登記名義人に届くようになる
- 4売り出し中も毎年課税され続ける毎年1月1日
売れるまでの間、1月1日をまたぐたびに1年分が発生する
- 5売買契約で起算日と精算方法を決める
ここが分かれ道。契約書に「起算日◯月◯日」と具体的に書いてもらう
- 6決済・引き渡し日に精算金を授受する
通常は残代金と一緒に精算。引き渡し日をどちらの負担にするかも決めておく
- 7翌年の確定申告に反映する売却の翌年
受け取った精算金は譲渡所得の収入金額に算入する(後述)
起算日で金額はどれだけ変わるか(計算例)
精算の考え方はシンプルで、「1年分の税額 ÷ 365日 × 買主が所有する日数」を 買主が売主に支払う、というものです。問題は「1年」をいつから数えるか(起算日)。 一般に、関東では1月1日(賦課期日と同じ暦年)、関西・中部の一部では4月1日 (固定資産税の年度の初日)を起算日にする例が多いと言われます。 ただしこれはあくまで取引慣習であり、法令や自治体が定めた絶対的なルールではありません。
違いを実感するために、次の前提で計算してみます。
- その年度の固定資産税・都市計画税の合計額(年税額)= 12万円
- 引き渡し日 = 2026年9月1日(引き渡し日当日は買主の負担とする)
- 1年 = 365日として日割り
| 1月1日起算 | 4月1日起算 | |
|---|---|---|
| 精算の対象期間 | 2026/1/1 〜 2026/12/31 | 2026/4/1 〜 2027/3/31 |
| 売主が負担する日数 | 1/1〜8/31 の 243 日 | 4/1〜8/31 の 153 日 |
| 買主が負担する日数 | 9/1〜12/31 の 122 日 | 9/1〜翌3/31 の 212 日 |
| 買主が売主に払う精算金 | 12万円 × 122/365 ≒ 約40,100円 | 12万円 × 212/365 ≒ 約69,700円 |
同じ物件・同じ引き渡し日でも、起算日が違うだけで約29,600円の差が出ました。 年税額がもっと大きい物件や、引き渡しが年の前半になるケースでは、差はさらに広がります。 「精算するかどうか」より、「どの起算日で精算するか」のほうが金額へのインパクトが大きい、 というのがこの表の要点です。
※ 上記は前提を置いた計算例です。実際には、引き渡し日当日をどちらの負担にするか、 うるう年を366日で計算するか、都市計画税を含めるか、円未満の端数をどう処理するかなど、 細かい取り決めで金額は変わります。契約書の記載に従って計算されるものと考えてください。
新年度の納税通知書が届く前に引き渡す場合
固定資産税の納税通知書は、多くの市区町村で4〜6月頃に発送されます。 年明けから通知書が届くまでの間に引き渡しが来ると、 「新年度の税額がまだ確定していないのに、どう精算するのか」という問題が起きます。 実務では、おおむね次のような整理のしかたが取られます。
| パターン | やり方 | 注意点 |
|---|---|---|
| A. 新しい納付書を買主に渡す | 売主に届いた新年度の納付書をそのまま買主に渡し、買主が納付する | 納税義務者は売主のまま。買主が払わなければ督促は売主に届く |
| B. 売主が一度全額を納付し、後日精算 | 通知書の到着後に確定額で計算し、あらためて精算する | 引き渡し後に連絡を取り合う必要がある。連絡先と期限を契約書に残す |
| C. 前年度の税額をベースにその場で精算完結 | 引き渡し時に前年度の税額で計算し、後日の再精算はしない | 税額が変わっても再精算しない旨を契約書に明記しないと揉めやすい |
どれが正解ということはなく、不動産会社の慣行や買主の希望で決まります。 相続した実家の場合、売主が遠方に住んでいて引き渡し後の連絡が取りづらいことも多いため、Bを選ぶなら「いつまでに・誰から・どこへ」精算するかを契約書に書いておくのが トラブル防止になります。
精算金の税務上の扱い — ここが一番間違えやすい
精算金は名前こそ「固定資産税」ですが、税務上は税金の支払いではなく、売買代金の一部として扱われます。国税庁の質疑応答事例に、売主側・買主側の両方の答えが出ています。
売主(相続人)側 — 譲渡所得の収入金額に算入する
国税庁の質疑応答事例「未経過固定資産税等に相当する額の支払を受けた場合」(譲渡所得)は、「支払を受けた未経過固定資産税等に相当する額は、譲渡所得の収入金額に算入されます」と明確に回答しています。 理由として挙げられているのは、その年度の賦課期日後に所有者が変わっても、 新しい所有者が納税義務を負うわけではないという点です。 したがってこの合意による支払は 「実質的にはその土地及び家屋の譲渡の対価の一部を成すものと解するのが相当」とされています (関係法令通達: 所得税法33条・36条、地方税法343条・359条ほか)。
実務上の意味はシンプルで、売却額に精算金を足した金額が譲渡収入になるということです。 「精算金は税金の立て替えを返してもらっただけ」と考えて申告から漏らすと、 収入の計上漏れになりかねません。
買主側 — 取得費(取得価額)に入り、経費にはならない
買主側について答えているのは、国税庁の質疑応答事例 「賃貸用アパートを購入した際に支払った固定資産税及び都市計画税相当額の清算金の取扱いについて」 (所得税)です。 その清算金は購入した物件の取得価額に算入されるため、 購入した年分の不動産所得の必要経費に全額を算入することはできないと回答しています。 支払いが「固定資産税の納税義務に基づくもの」ではなく、 当事者間の合意に基づく購入代価の一部だから、という理屈です。
実家を売る側からすると直接の話ではありませんが、買主から「租税公課として処理したいので領収書を」と求められても、 性質が違うという点は知っておくと説明がスムーズです。 また、相続した実家を売らずに賃貸に回すことを検討している場合は、 自分が買主側の立場でこの整理に触れる場面が出てきます。
消費税の扱い
消費税の質疑応答事例「未経過固定資産税等の取扱い」でも、同じ整理がされています。 この分担金は 「地方公共団体に対して納付すべき固定資産税そのものではなく、 私人間で行う利益調整のための金銭の授受であり、不動産の譲渡対価の一部を構成するもの」。 したがって課税の対象になる、という説明です。 個人が自宅や相続した実家を売る取引そのものは消費税の課税対象になりませんが、 売主が事業者である場合には建物部分の扱いに影響します。
※ 出典はいずれも国税庁の質疑応答事例です。 譲渡所得「未経過固定資産税等に相当する額の支払を受けた場合」。 所得税「賃貸用アパートを購入した際に支払った固定資産税及び都市計画税相当額の清算金の取扱いについて」。 消費税「未経過固定資産税等の取扱い」。 いずれも照会に係る事実関係を前提とした一般的な回答です。 個別の取引では異なる課税関係が生じ得る、と注記されています。 ご自身の申告での具体的な処理は、必ず税理士または税務署にご確認ください。
契約前に確認しておきたいこと
- 契約書に「起算日」が具体的に書かれているか「引き渡し日を境に日割りで精算する」だけでは、どこから数えるかが決まらない。◯月◯日起算と書いてもらう
- 引き渡し日当日は売主・買主どちらの負担か1日分の話だが、書いていないと後から解釈が割れる
- 都市計画税も精算の対象に含めるか市街化区域なら固定資産税と都市計画税がセットで課税されている。納税通知書で内訳を確認しておく
- 新年度の税額が未確定のときの扱いを決めたか前年度額で完結させるのか、確定後に再精算するのか。再精算するなら期限と連絡方法まで
- 受け取った精算金を申告でどう扱うか、税理士に確認したか譲渡所得の収入金額に算入する取り扱いになる。売却額だけを収入と考えて計算していないか
- 相続登記が済んでいるか名義が親のままでは売買契約・引き渡しができない。精算以前の前提条件
「いつ売るか」で変わるのは、精算金だけではない
精算金の差は数万円単位ですが、実家の売却時期の判断で動く金額はそれだけではありません。 相続前に売るか相続後に売るかで、使える譲渡所得の特例そのものが変わり、 税額が数百万円単位で動くこともあります。詳しくは実家売却は「相続前」か「相続後」かで、前提を置いた試算例とあわせて整理しています。
また、売れないまま持ち続けている間も固定資産税は毎年発生します。 管理が行き届かない状態が続くと、住宅用地特例が外れて土地の税額が大きく増える可能性もあります。 その仕組みは空き家の固定資産税にまとめました。
よくある質問
Q. 親が亡くなった年の固定資産税は、誰がいくら払うことになりますか?
その年度の固定資産税は「1月1日時点の所有者」である親に課されたものなので、亡くなった日で日割りされて減ることはありません。残った納税義務は相続人が引き継ぎます。相続人が2人以上いる場合、地方税法9条2項は「相続分によりあん分して計算した額」を各相続人が納めると定めています。つまり相続で生じる「按分」は期間の日割りではなく、法定相続分などの持ち分による按分です。実務上は市区町村に「相続人代表者指定届」を出して納税通知書の送付先を1人にまとめ、内部で精算する形が一般的です。金額の内訳や納付方法の具体的な取り扱いは市区町村の税務課にご確認ください。
Q. 売買のときの日割り精算は、しないという合意もできますか?
できます。日割り精算は法律上の義務ではなく、売主と買主の合意で行われる商慣習だからです。行政は年度途中で税額を分けてくれないため、当事者間で調整する手段として定着しているにすぎません。ただし、受け取った精算金は国税庁の質疑応答事例で「実質的には譲渡の対価の一部」と整理されており、精算するかしないかは売買代金の実質を変える話でもあります。とくに親族間・同族間での売買では、契約書の記載と申告内容の整合性が問われやすい部分です。精算条項をどう書くか、申告でどう扱うかは、契約前に税理士に確認してください。
Q. 起算日は「関東は1月1日、関西は4月1日」と決まっているのですか?
決まっていません。起算日の違いは不動産取引の慣習であって、法令や自治体が定めているものではありません。一般に関東では1月1日(賦課期日と同じ暦年)、関西・中部の一部では4月1日(固定資産税の年度の初日)を起算日にする例が多いと言われますが、同じ地域でも不動産会社や個々の契約によって扱いは変わります。「この地域だからこうなるはず」と思い込まず、売買契約書に起算日と精算方法が具体的に書かれているかを、署名前に必ず確認してください。
※ 本記事は地方税法および国税庁の公表資料に基づく一般的な制度解説であり、 個別の税額計算・申告内容の判断はできません。 固定資産税の税額・届出の運用は市区町村ごとに異なり、 日割り精算の起算日や方法は法令ではなく当事者間の取り決めによります。 具体的な税務の取り扱いは税理士または税務署に、 課税額・届出については実家のある市区町村の税務課にご確認ください。
売却全体の手順を確認したい方は実家売却の流れ 8 ステップを あわせてご覧ください。
売れるまでの間に固定資産税と管理費がいくら積み上がるかを、年数を変えながら試算できます。
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