相続の3択 — 単純承認・相続放棄・限定承認

実家に借金があるかもしれない、あるいは資産価値がよく分からない。そんなとき、 相続には実は3つの選択肢があります。すべて無限に引き継ぐ「単純承認」、 一切引き継がない「相続放棄」、そしてプラスの財産の範囲内でだけ 借金を引き継ぐ「限定承認」です(民法922条)。 当サイトでは相続放棄を 単独の記事で解説してきましたが、限定承認は「相続放棄ほど極端な選択はしたくないが、 借金の全額を背負うリスクも避けたい」という人のための、あまり知られていない 第3の道です。

 単純承認相続放棄限定承認
借金の扱い全額を無限に引き継ぐ一切引き継がないプラスの財産の範囲内でのみ返済
相続権は誰に変わらない次順位(親・兄弟姉妹など)へ移る変わらない(自分が相続人のまま)
自宅を残せるか残せる(ただし借金も全額負う)残せない先買権を使えば残せる可能性がある
手続き何もしなくてよい単独で申述できる相続人全員の共同申述が必須

※ 相続放棄・限定承認とも、期限は「自己のために相続の開始があったことを知った時から 3か月以内」です(民法915条1項)。

限定承認の最大のメリット — 借金問題が親族に波及しない

相続放棄の弱点は、自分が放棄すると相続権が次の順位の親族(親、それも亡くなっていれば 兄弟姉妹、さらに叔父・叔母の代まで)へ移ってしまうことです。黙って放棄すると、 借金の存在を知らない親族にある日突然、家庭裁判所から通知が届く、という事態になりかねません。

限定承認では、相続人は「相続放棄」をするわけではなく「承認」の一種を選ぶだけなので、相続権は自分たちのところに留まったままです。次順位の親族に 借金問題が波及することはありません。また、あとから予期していなかった借金が 見つかった場合でも、返済義務はプラスの財産の範囲内にとどまります。 「借金の全体像がはっきりしないが、相続放棄で親族に迷惑をかけるのも避けたい」 というケースで検討される制度です。

もう一つの特徴 — 「先買権」で実家を残せる可能性

限定承認のもう一つの特徴が「先買権」です。限定承認では、プラスの財産で借金を 返済するために相続財産を売却する必要がある場合、原則として競売にかけなければ なりません。しかし家庭裁判所が選任した鑑定人による評価額を支払えば、 その競売を止めることができます(民法932条)。つまり、本来なら借金の カタとして手放すしかない実家を、適正な評価額を払うことで手元に残せる可能性が あるということです。

単純承認では「実家は残せるが借金も無限に背負う」、相続放棄では 「借金からは逃れられるが実家も失う」という二択でした。限定承認の先買権は、 この間を取る選択肢になり得ます。ただし後述のとおり、評価額を用意する資金力と、 鑑定・手続きにかかる負担が前提になります。

手続きの流れ

  1. 1
    財産調査知ってから3か月以内

    プラスの財産とマイナスの財産(借金・保証)の全体像を把握する

  2. 2
    相続人全員での話し合い

    限定承認は共同相続人全員の同意が必須(民法923条)。一人でも反対すると原則できない

  3. 3
    財産目録の作成

    債務を含めた相続財産の目録を作成する(民法924条)

  4. 4
    家庭裁判所へ申述3か月以内に必着

    被相続人の最後の住所地を管轄する家裁へ、相続人全員で共同して申述。収入印紙800円(1件につき)

  5. 5
    官報公告・催告

    申述後5日以内に、相続債権者・受遺者に向けて官報で公告し、2か月以上の期間を定めて請求を申し出るよう催告する(民法927条)。掲載費は自己負担

  6. 6
    財産の換価・弁済

    不動産などを売却する必要がある場合は原則競売。先買権を使う場合は鑑定人の評価額を支払う(民法932条)

※ 相続人が複数いる場合、家庭裁判所は相続人の中から「相続財産の清算人」を選任します(民法936条)。 清算人は相続人自身が務める形になり、専門家(弁護士など)に手続きを依頼した場合の 報酬を相続財産から支払える決まりはないとされています。誰が清算人になるか、 専門家費用をどう分担するかも、事前に相続人間で話し合っておきたい点です。

確認しておきたいこと

なぜ限定承認はあまり選ばれないのか

先買権という魅力的な制度がありながら、限定承認の利用件数は相続放棄に比べて かなり少ないのが実情です。理由として一次資料から確認できたのは次の点です。

1. 手続きの負担が重い

相続放棄が一人で申述できるのに対し、限定承認は相続人全員の同意と共同申述が必要です (民法923条)。財産目録の作成、官報公告、必要であれば財産の換価と、単純承認・相続放棄には ない手続きが続きます。相続人の人数が多い、あるいは疎遠な親族がいるケースでは、 全員の合意形成自体が高いハードルになります。

2. 鑑定・専門家費用が自己負担になりやすい

先買権を使う場合の鑑定費用や、清算人が専門家に依頼した場合の報酬は、 相続財産からではなく自己負担になり得ます。具体的な金額は不動産の種類や依頼内容で 大きく変わるため、当サイトで相場を示すことは避けますが、「タダでは使えない制度」 という前提で検討する必要があります。

3. みなし譲渡所得税など税務面の負担が大きい

前述のとおり、限定承認では相続財産に含み益があると、その含み益に対して みなし譲渡所得税が発生し得ます(所得税法59条1項1号)。これは相続放棄にも 単純承認にもない、限定承認特有の税務上の論点です。準確定申告の期限も 相続開始を知った日の翌日から4か月以内と短く、税理士への相談が実質必須になります。

相続放棄・相続土地国庫帰属制度との違い

「借金の心配をせず実家を手放したい」なら相続放棄という選択肢もあります。 相続放棄はプラスの財産も含めて一切を手放す代わりに、共同申述の必要がなく 単独で手続きできます。限定承認との使い分けは、 「実家や資産価値の見込みを残したいか」「相続人全員の合意形成ができそうか」で 変わってきます。

もう一つ混同しやすいのが相続土地国庫帰属制度です。 こちらは相続によって取得した土地を、相続人自身が国に申請して引き取ってもらう まったく別の制度で、審査手数料や負担金がかかります。限定承認を選んで清算した結果、 手元に土地が残ったとしても、それが自動的に国のものになるわけではありません。 残った土地を手放したい場合は、あらためて相続土地国庫帰属制度への申請を 検討することになります。

そもそも「借金があるかもしれないが実額が分からない」という段階であれば、 限定承認を検討する前に財産・借金の調べ方を参考に、 まず全体像を把握することをおすすめします。

よくある質問

Q. 相続人の一人が「反対」していますが、限定承認はできますか?

限定承認は共同相続人全員が共同して申述する必要があり(民法923条)、一人でも反対すると原則できません。ただし相続放棄をした人は「初めから相続人でなかった」ものとみなされるため、その人を除いた残りの相続人全員の同意があれば限定承認ができます。相続人の一部が放棄・一部が限定承認という組み合わせ自体は可能ですが、誰が何を選ぶかの調整は専門的な判断になるため、早めに弁護士・司法書士に相談することをおすすめします。

Q. 先買権を使えば、必ず実家に住み続けられますか?

必ず残せるわけではありません。先買権は、家庭裁判所が選任した鑑定人による評価額を支払うことで競売を止められる制度です(民法932条)。評価額を用意できなければ行使できませんし、評価額そのものが想定より高くなる可能性もあります。鑑定にかかる費用も原則として自己負担です。「実家を残せる可能性がある選択肢」として検討材料にはなりますが、資金計画も含めて専門家に確認してから判断してください。

Q. みなし譲渡所得税は具体的にいくらかかりますか?

限定承認による相続は、税務上は被相続人がその時点の時価で相続財産を譲渡したものとみなされ、譲渡所得税の対象になります(所得税法59条1項1号)。ただし税額は被相続人の取得費・所有期間・各種特例の適用有無によって大きく変わるため、当サイトで一般的な金額の目安をお伝えすることはできません。相続の開始を知った日の翌日から4か月以内に準確定申告が必要になる点も含め、必ず税理士に確認してください。

※ 本記事は民法・所得税法等の公表資料に基づく一般的な制度解説です。限定承認を 選ぶべきかどうかの判断、相続人間の調整、税額の見込みは個別の法律相談・税務相談に 当たるため、必ず弁護士・司法書士・税理士にご相談ください。