「揉める」より「手続きが止まる」方がしんどい
相続のトラブルというと遺産争いを想像しがちですが、片付けや相続の現場で より多く語られるのは、「書類がどこにあるか分からず、手続きが前に進まない」という事態です。通帳・保険証券・不動産の書類・印鑑が見つからないと、 次のような手続きがすべて止まります。
- 介護施設の入居健康診断書や本人確認書類が揃わないと契約が結べない。急ぐ場面が多い
- 緊急時の入院保険証・お薬手帳・かかりつけ医・緊急連絡先が不明だと対応が遅れる
- 相続手続き通帳・保険・不動産書類・印鑑が不明だと財産の全体像がつかめない
- 実家の売却権利証・名義の書類・固定資産税の通知書がないと進められない
- 保険金の請求契約の存在や内容が分からないと、もらえるはずのお金を請求できない
しかも自分の仕事や生活を回しながら、気持ちが落ち込んでいる中で書類を探し回るのは、 精神的な負担がとても大きい作業です。だからこそ、親が元気なうちに「ありか」を共有しておくだけで、将来の負担が大きく変わります。
元気なうちに把握したい 7 分野
全部を完璧にそろえる必要はありません。まずは「何を・どこと契約していて・書類はどこか」を ざっくり共有するだけで十分です。
- ① 預貯金・口座メインバンク以外の定期・積立も。「これで全部」と分かることが大事
- ② 保険生命保険・医療保険・火災保険など。証券の保管場所と保険会社名
- ③ 借金・ローンの有無キャッシング・リボ・カードローンも相続対象。マイナスだけ拒否はできない
- ④ 不動産関係の書類権利証(登記識別情報)・固定資産税の通知書・境界の資料など
- ⑤ 印鑑・鍵・金庫実印と印鑑登録・貸金庫・自宅金庫の場所と開け方
- ⑥ デジタル資産ネット銀行・ネット証券・スマホやPCのログイン手段。存在の把握が最優先
- ⑦ 本人の希望家をどうしたいか・介護や葬儀の希望など、本人の意思そのもの
特に注意したいのが③ 借金です。マイナスの財産も相続の対象で、 プラスだけを選ぶことはできません。相続放棄には 「相続の開始を知ってから 3 か月以内」という期限があり(民法 915 条)、 その短い間に借金の有無まで調べ切る必要があります。 万一のときの財産・借金の調べ方や相続放棄もあわせて確認しておくと安心です。
見落とされがちな「デジタル遺品」
最近いちばん盲点になりやすいのが、⑥のデジタル資産です。スマホやパソコンにロックがかかっていると、ネット銀行やネット証券の存在すら確認できません。解約されないサブスクの引き落としが続く、故人の写真が取り出せない、といった問題も起きます。
業者にロック解除を頼むと数万〜数十万円かかることがあります。 一方で、Apple の「故人アカウント管理連絡先」や Google の「アカウント無効化管理ツール」など、あらかじめ設定しておけば家族が正規の手順でアクセスできるしくみもあります (日本でも利用可)。 いずれも本人が元気なうちの設定が前提なので、書類整理と同じタイミングで確認しておきたいところです。
デジタル資産の具体的な洗い出し方と、遺されたあとの探し方はデジタル遺産の探し方(ネット銀行・ネット証券・スマホの中の財産)で 詳しく解説しています。
挫折しない整理の進め方
書類整理が続かないのは、「集めながら仕分けよう」として疲れてしまうからです。「集める日」と「分ける日」を分けると、ぐっと楽になります。
- 1まず1か所に「集める」STEP 1
未開封の封筒も含めて家中の書類を1か所へ。この日は開封も判断もしない
- 2別の日に「分ける」STEP 2
重要(通帳・保険・不動産・印鑑)/ 保留 / 不要 にざっくり仕分ける
- 3契約先メモを作るSTEP 3
パスワードは不要。「どこの会社と契約しているか」の一覧だけでも価値が大きい
- 4保管場所を家族と共有STEP 4
エンディングノートや共有メモに保管場所を記す。1つ共有できれば十分
高齢の方は防犯のために重要書類を分かりにくい場所に隠しがちで、 認知機能が落ちると隠した場所自体を忘れてしまうことがあります。 この点でも、元気なうちの共有には大きな意味があります。 書類の把握は生前整理の中核であり、 いざというときの実家じまいの手続きを 何倍もスムーズにします。
逆に、把握しないまま片付けを始めて権利証や通帳ごと処分してしまうのは、 実家じまいで最も多い事故のひとつです。同じ類の失敗はやってはいけないこと 10にまとめています。
よくある質問
Q. パスワードまで教えてもらう必要がありますか?
いきなりパスワードそのものを共有する必要はありません。まず大切なのは「どこの銀行・保険・カード会社と付き合っているか」という契約先の一覧と、書類の保管場所です。パスワードや暗証番号は、エンディングノートに書いて封をしておく、信頼できる家族に保管場所だけ伝えておくなど、本人が管理しやすい形で構いません。0 と 1 の差(何も分からない状態か、手がかりがあるか)がいちばん大きいです。
Q. 親が財産の話を嫌がります。どう切り出せば?
お金の話は正面から聞くと警戒されがちです。ニュースやテレビ番組、この記事のような話題をきっかけに「こういうの、うちは大丈夫?」と雑談の中で触れるのがおすすめです。一度に全部を聞き出そうとせず、「まずは使っている銀行を 1 つ教えて」から。会話を重ねるうちに少しずつ共有できれば十分です。
Q. 亡くなった後にスマホのロックが解除できません。どうすれば?
専門業者に解除を依頼すると数万〜数十万円かかることがあります。それとは別に、Apple には「故人アカウント管理連絡先」、Google には「アカウント無効化管理ツール」という、あらかじめ指定した家族が本人の死後にデータへアクセスできる公式のしくみがあります(日本でも利用可)。ただし本人が元気なうちに設定しておく必要があるため、これも生前の準備の一つとして親子で確認しておくと安心です。
※ 相続放棄・相続手続きの個別の判断は、期限や要件が絡む専門領域です。 具体的なケースは司法書士・弁護士・税理士等の専門家にご相談ください。