小規模宅地等の特例とは — 実家の土地の評価が最大 8 割下がる
正式には「小規模宅地等についての相続税の課税価格の計算の特例」(租税特別措置法 69 条の 4)。 亡くなった方(被相続人)が自宅として使っていた土地を一定の親族が相続した場合、330㎡ までの部分について、相続税の評価額を 80% 減額できる制度です (出典: 国税庁タックスアンサー No.4124)。
たとえば評価額 5,000 万円・330㎡ 以内の実家の土地なら、1,000 万円の土地として相続税を計算できます。 相続税の基礎控除(3,000 万円 + 600 万円 × 法定相続人の数)と合わせると、 この特例が使えるかどうかで「相続税がかかるか・かからないか」自体が変わる家庭も少なくありません。 330㎡ を超える部分には減額がなく、超えた分は通常の評価のままです。
特例には事業用・貸付用の宅地の区分もありますが、この記事では実家じまいで問題になる 「自宅の土地(特定居住用宅地等)」に絞って整理します。 なお、これだけ効果の大きい制度なので要件は細かく、最終的な適用可否の判断は税理士への確認が前提です。 この記事は国税庁の公表資料に基づく一般的な解説として読んでください。
相続税を大きく減らすもう一つの制度が配偶者の税額軽減(1 億 6,000 万円まで非課税)です。 ただし母が全部相続すると、次の相続(二次相続)で子の税負担がかえって増える「罠」があります。 詳しくは配偶者の税額軽減と二次相続を参照してください。
「誰が相続するか」で使えるかが決まる
この特例のいちばんの特徴は、土地の条件よりも「誰が取得するか」で適用の可否が決まることです。 同じ実家でも、遺産分割で誰の名義にするかによって、評価額が 5 倍変わり得ます。
| 取得する人 | 主な要件 |
|---|---|
| 配偶者 | 取得者ごとの要件なし(同居していなくても、申告期限前に売却しても適用可) |
| 同居していた親族 | 相続開始の直前から申告期限まで引き続きその家に居住し、かつ宅地を申告期限まで保有し続けること |
| 別居の親族(いわゆる「家なき子」) | 被相続人に配偶者も同居相続人もいないことが前提。さらに「3 年以上の借家住まい」など後述の要件をすべて満たし、宅地を申告期限まで保有し続けること |
※ 国税庁タックスアンサー No.4124「特定居住用宅地等の要件」を基に作成。 被相続人と生計を一にしていた親族が住んでいた土地にも別の区分がありますが、ここでは省略します。
同居していた子 — 「申告期限まで住み続け、持ち続ける」
親と同居していた子が実家を相続する場合は、相続税の申告期限(相続開始を知った日の翌日から 10 か月)まで住み続け、 かつ土地を保有し続けることが条件です(出典: 同 No.4124)。 逆にいうと、申告期限を待たずに引っ越したり売却したりすると、この特例は使えなくなります。 この「10 か月」が実家じまいのスケジュールにどう効くかは、後の章で整理します。
二世帯住宅は「区分所有登記」の有無が分かれ道
二世帯住宅の場合、建物の登記のしかたで扱いが変わります。 国税庁の資料では、区分所有建物である旨の登記がされている建物は別扱いとされています。 裏を返すと、区分登記のない二世帯住宅であれば、玄関が別で内部で行き来できない構造でも、 親族が住む部分を含めて特例の対象になり得ます (出典: 同 No.4124(注)、国税庁「相続税の申告のしかた」)。 一方、親世帯と子世帯を区分登記している建物では、子世帯部分が 「被相続人の居住の用」と切り離されて判定されるため、適用範囲が大きく変わります。 二世帯住宅にお住まいの方は、まず登記事項証明書で登記の形を確認したうえで税理士に相談してください。
別居の子でも使える「家なき子」の要件(平成 30 年改正後)
親が一人暮らしで、子は遠方に住んでいる — 実家じまいで多いこの形でも、 いわゆる「家なき子」の要件を満たせば特例を使える場合があります。被相続人に配偶者がおらず、同居していた相続人もいないことが前提で、 取得する子の側の主な要件は次のとおりです(出典: 同 No.4124。海外居住などの場合は国籍等に関する別の要件もあります)。
- 相続開始前 3 年以内に「持ち家」に住んだことがない自分・自分の配偶者・3 親等内の親族・特別な関係のある法人が所有する家屋が対象。国内の持ち家に限る
- 相続開始時に住んでいる家を、過去に一度も所有したことがない自宅を身内に売却して「借家住まい」の形だけ作る方法を封じる要件
- 宅地を相続税の申告期限まで保有し続ける申告期限前に売却すると適用できない
「3 親等内の親族の持ち家」まで対象になっているのは、2018 年(平成 30 年)の改正で 要件が厳しくなったためです。自分の持ち家を親族に売って形だけ借家住まいになる、 子(被相続人から見て孫)名義の家に住む、といった節税策は現在の要件では通りません。 改正前の情報がネット上には残っているので、古い解説を前提に判断しないことも大切です。
「住民票だけ実家に移す」は通用しない
「同居扱いにするために住民票だけ実家に移しておく」という話を耳にすることがありますが、 この特例の「居住」は住民票の所在ではなく生活の実態(生活の拠点)で判定されます。 国税庁の質疑応答事例でも、単身赴任中の相続人について、配偶者や子の生活状況などの 事実関係から生活の拠点がどこにあるかで判断する考え方が示されています (出典: 国税庁質疑応答事例「単身赴任中の相続人が取得した被相続人の居住用宅地等」)。
つまり、転勤などやむを得ない事情の別居は実態から救われ得る一方、 実態のない住民票の移動は否認され、本来の税額との差額に加算税等が上乗せされるリスクがあります。 また、介護のために実家へ泊まり込んでいた期間があるだけでは、 生活の拠点が実家に移ったとまではいえないと判断される場合もあります。 「同居といえるかどうか」の判断は微妙なケースが多いので、事実関係を整理して税理士に確認してください。
親が老人ホームに入っていても使える — 3 つの条件
「親が老人ホームに入って実家が空き家になっていたら、もう自宅とは認められないのでは」 と思われがちですが、そうではありません。次の条件を満たせば、 入所前まで住んでいた実家の土地は被相続人の自宅として特例の対象になり得ます(出典: 国税庁タックスアンサー No.4124、質疑応答事例「老人ホームへの入所により空家となっていた建物の敷地」)。
- 相続開始の直前に、要介護認定・要支援認定などを受けていた入所した時点で認定がなくても、亡くなる直前に受けていれば対象になり得る。認定申請中に亡くなり、死亡後に認定された場合の取り扱いも示されている
- 入所先が法律に定められた施設である特別養護老人ホーム・養護老人ホーム・軽費老人ホーム・老人福祉法上の届出がされた有料老人ホーム・介護老人保健施設・介護医療院・サービス付き高齢者向け住宅・認知症グループホームなど
- 空き家になった実家を、貸したり他の人の住まいにしたりしていない事業(貸付け)や被相続人等以外の人の居住に使った時点で対象外になる
特に注意したいのが 3 つ目です。空き家になった実家を「もったいないから」と人に貸すと、 その時点で自宅としての特例は使えなくなります。 維持費を惜しんで安易に貸す前に、相続まで見据えた損得を税理士に確認する価値があります。 親の施設入居前後の実家の扱いは親が施設に入ったら — 実家の片付けと持ち込み品の選び方でも整理しています。
実家じまいへの影響 — 「申告期限の 10 か月まで売却を待つ」という判断
同居親族と家なき子には「申告期限まで保有し続ける」要件があるため、 特例を使うつもりなら相続開始から 10 か月の申告期限前に実家を売ってはいけません。 「早く手放して身軽になりたい」という気持ちと真正面からぶつかるポイントですが、 評価額 5,000 万円の土地なら 4,000 万円分の評価差に関わる判断です。 売却を急ぐ事情がなければ、スケジュールは次のような順番になります。
- 1相続開始0 か月
亡くなった日。ここから申告期限のカウントが始まる
- 2遺産分割協議 — 実家を誰が相続するか決める〜数か月
特例が使える人が取得するかどうかで税額が変わる。分け方を決める前に税理士へ相談を
- 3売却の準備 — 査定・業者選び・片付けは進めてよい〜10 か月
保有継続要件は「売らずに持っていること」。相場を知り、業者を選んでおく準備は並行できる
- 4相続税の申告・納税10 か月
相続開始を知った日の翌日から 10 か月以内。特例の適用はこの申告で受ける
- 5売却(引き渡し)申告期限後
保有継続要件のある人は、申告期限を過ぎてから。具体的な時期は税理士に確認を
注意したいのは、納税資金のために実家を売る場合とのジレンマです。 相続税は 10 か月以内の金銭一括納付が原則なので、「売ったお金で払おう」とすると 申告期限前の売却になり、保有継続要件を満たせなくなることがあります。 手元資金で納税して申告期限後に売る、延納(分割払い)を検討するなど選択肢の比較は相続税が一括で払えないときの選択肢を参考にしてください。 売却自体の段取りは実家売却の流れ 8 ステップで解説しています。
相続直後から売却までのやることは、進捗を保存できるチェックリストで管理できます。
無料ツール(登録不要)実家じまいチェックリスト【進捗が保存できる実践版】チェックした進捗を自動保存。印刷して親族と共有も使ってみる →「空き家特例(3,000 万円控除)」との違い — 混同しやすい 2 つの特例
実家の税金の特例として、この特例とよく混同されるのが相続空き家の 3,000 万円特別控除(空き家特例)です。 名前は似ていませんが、どちらも「実家 相続 税金」で調べると出てくるので、 「8 割減」と「3,000 万円控除」がごちゃ混ぜになりがちです。対象になる税金も場面もまったく別の制度です。
| 小規模宅地等の特例(本記事) | 空き家特例(3,000 万円控除) | |
|---|---|---|
| 安くなる税金 | 相続税 | 売却益にかかる譲渡所得税(所得税・住民税) |
| 使う場面 | 相続のとき(相続税の申告) | 相続した空き家を売ったとき(翌年の確定申告) |
| 効果 | 自宅の土地 330㎡ まで評価額 80% 減 | 譲渡所得から最大 3,000 万円を控除 |
| カギになる条件 | 誰が相続するか(配偶者・同居・家なき子) | 昭和 56 年 5 月以前の建築、相続から 3 年後の年末までの売却など |
| 売却タイミングへの影響 | 同居・家なき子は申告期限(10 か月)まで売らない | 相続から 3 年後の年末までに売る |
対象の税金が違うため、それぞれの要件を満たすなら両方の適用があり得ます。 その場合「申告期限までは売らず、3 年後の年末までには売る」という時間の窓が生まれるので、 売却時期の設計はまさに税理士と組み立てるべきテーマです。
生前贈与で実家をもらうと、この特例は使えない
見落としやすいのが生前贈与との関係です。この特例の対象は「相続または遺贈によって取得した」宅地に限られ、 生前贈与でもらった土地には使えません。相続時精算課税を使った贈与で取得した宅地も 適用できないことが国税庁の資料に明記されています (出典: 国税庁タックスアンサー No.4124、「相続税の申告のしかた」)。
「揉めないように実家は先に名義を移しておこう」という発想は自然ですが、 自宅の土地を生前に動かすと、この 8 割減の権利を手放すことになり得ます。 贈与のしくみ自体は生前贈与の基礎で整理していますが、 自宅をどう渡すかは、特例の損失分まで含めた試算を税理士に依頼してから決めるのが安全です。
税額 0 円でも「申告」が必要 — 遺産分割が決まっていることが前提
この特例は自動では適用されません。相続税の申告書に適用を受ける旨を記載し、 計算明細書や遺産分割協議書の写しなど 一定の書類を添付する必要があります(出典: 同 No.4124)。 特例を使った結果、税額が 0 円になる場合でも申告は必要です。
また、適用にはその宅地の取得者が決まっている(遺産分割が済んでいる)ことが原則です。 申告期限までに分割がまとまらない場合は、いったん特例を使わずに法定相続分で申告・納税し、 申告書に「申告期限後 3 年以内の分割見込書」を添付しておきます。 その後 3 年以内に分割できれば、分割のあったことを知った日の翌日から 4 か月以内の更正の請求で 特例を適用して納め過ぎた分の還付を受けられます (出典: 国税庁タックスアンサー No.4208)。 分割見込書を出し忘れると後から適用できなくなるため、揉めそうな場合ほど早めに税理士へ相談してください。 税理士の探し方は相続の相談先ガイドにまとめています。
よくある質問
Q. 住民票を実家に移しておけば「同居」になりますか?
なりません。この特例の「居住」は住民票の所在ではなく、実際にそこで生活していたか(生活の拠点)で判定されます。国税庁の質疑応答事例でも、同居かどうかは生活の実態から判断する考え方が示されています。実態のない住民票の移動は、税務調査で適用を否認され、本来の税額に加算税等が上乗せされるリスクのある行為です。逆に、単身赴任などやむを得ない事情で家族を実家に残して別居していた場合には、生活の拠点の実態から同居と扱われ得るケースもあります。迷う場合は事実関係を整理して税理士に相談してください。
Q. 相続した実家をすぐに売りたいのですが、特例は使えますか?
誰が相続したかによります。配偶者が取得した場合は取得者ごとの要件がないため、申告期限前に売却しても適用に影響しません。一方、同居親族や別居親族(家なき子)が取得した場合は「相続税の申告期限(相続開始を知った日の翌日から 10 か月)まで宅地を保有し続けること」が要件のため、その前に売ると特例が使えなくなります。査定や業者選びなどの売却準備は申告期限前から進められるので、「引き渡しは申告期限後」を軸にスケジュールを組み、具体的な売却時期は税理士に確認してから決めるのが安全です。
Q. 特例を使うと相続税が 0 円になりそうです。申告しなくてもよいですか?
申告は必要です。この特例は、相続税の申告書に適用を受ける旨を記載し、計算明細書や遺産分割協議書の写しなどを添付して初めて適用されます(国税庁タックスアンサー No.4124)。「特例を使えば基礎控除以下になるから申告不要」とはならず、申告しなければ特例のない評価額で課税され得ます。税額が 0 円になる場合こそ、申告期限内の手続きを忘れないようにしてください。
※ 本記事は国税庁の公表資料(タックスアンサー No.4124・No.4208、質疑応答事例、 「相続税の申告のしかた」)に基づく一般的な制度解説であり、個別の税務判断はできません。 小規模宅地等の特例は要件の判定が細かく、改正も多い制度です。 適用の可否・有利な分け方の判断は、必ず相続税に詳しい税理士または税務署にご相談ください。