結論 — 所有者の責任は、最後に残る
実家が斜面に建っている。敷地の下や上に、古いコンクリートの壁がある。 そういう家は、平地の家とは別に確かめることがあります。
擁壁は「土地の工作物」にあたります。 民法717条1項は、土地の工作物の設置または保存に瑕疵があって他人に損害が生じたとき、 まず占有者が賠償責任を負うと定めています。そして占有者が損害の発生を防ぐのに必要な注意をしていたときは、 所有者が賠償しなければならないとしています。
つまり所有者の責任は、逃げ場のない形で最後に残ります。空き家では所有者と占有者が同じであることがほとんどなので、相続してその家の所有者になった時点で、この立場も引き継ぎます。
同条3項は、損害の原因について他に責任を負う者がいるときは、 占有者や所有者がその者に求償できると定めています。 造成した業者などに責任がある場合の話ですが、被害者に対してまず責任を負うのは所有者側という順番は変わりません。
まず確かめる6つ
- 擁壁の高さと、斜面のこう配高さ2mを超えるかどうかが、多くの自治体で規制の分かれ目になっています
- 検査済証・確認済証が残っているかこれがあるかどうかで、建て替えのときの扱いが変わります。実家の書類を探してください
- ひび割れ・はらみ・ずれがないか写真を撮って日付とともに残しておきます。記録があると相談が早く進みます
- 水抜き穴が詰まっていないか水が抜けないと擁壁に力がかかります。落ち葉や土でふさがっていることがあります
- 土砂災害警戒区域に入っていないか自治体のハザードマップで確認できます
- 擁壁が自分の敷地内にあるか隣地のものか、境界線上で共有かで、話の相手が変わります
6つ目は見落とされがちですが、いちばん先に効いてきます。 見た目では分かりません。境界の確かめ方は測量と境界確定にまとめています。書類の探し方は実家の書類整理を参照してください。
建て替えられるかどうかが、価格に効く
擁壁が売却価格に響く理由は、見た目や不安感ではありません。買主にとって「建て替えられるかどうか」が読めなくなるからです。
建築基準法40条は、地方公共団体が条例で建築の制限を付加できると定めており、 これを根拠に多くの自治体がいわゆる「がけ条例」を設けています。 たとえば東京都建築安全条例6条では、高さ2メートルを超えるがけが対象で、 がけの下に建てる場合、がけの下端からの水平距離が、がけの高さの2倍以内のところに建築物を建てるときに制限がかかります。
制限がかからない場合も定められています。東京都の条例では、次のような場合です。
- 既設の擁壁に検査済証が交付されていて、維持管理が良好なとき
- 斜面のこう配が30度以下、または堅固な地盤を切ったとき
- がけの上に建てる場合で、深基礎や杭基礎などにより構造的に安全なとき
- がけの下に建てる場合で、主要構造部が鉄筋コンクリート造であるときなど
⚠️ この数字は東京都の条例のものです。がけ条例は自治体ごとに内容が違い、規制の及ぶ範囲の考え方も 「がけ高の2倍」「上端は2倍、下端は1.5倍」など差があります。実家のある自治体の条例を必ず確認してください。「◯◯県 がけ条例」で建築指導担当課のページが見つかります。
ここで効いてくるのが検査済証です。 書類が残っていれば緩和の条件に乗れる可能性があり、 残っていなければ買主は「建て替えるなら擁壁からやり直しかもしれない」と身構えます。紙一枚の有無が、価格の話を左右します。
なお、接道の条件などで建て替えができない土地については、 別に「再建築不可」という論点があります。がけとは別の話なので、混同しないでください。
費用は、見積もりでしか分からない
擁壁をやり直す費用は、目安を書くことに意味がないほど幅があります。高さ、長さ、構造、重機が入れるか、道路から資材を運べるか。 同じ「擁壁の造り替え」でも桁が変わります。
解体を考えている場合も同じです。建物の解体費とは別枠で見る必要があります。実家の解体費用の考え方は使えますが、擁壁は必ず現地を見た見積もりで確かめてください。
売却の場面で「引き取り料を払ってください」と言われるケースの多くは、 こうした土地の条件が絡んでいます。言われたときの確認の順番はマイナス査定と言われたらに整理しています。
売る前の順番
- 1境界と、擁壁の所有関係をはっきりさせるまず
自分のものか、隣地か、共有か
- 2検査済証など、造成時の書類を探す
緩和の条件に乗れるかどうかが変わります
- 3現状を写真と日付で記録する
ひび・はらみ・水抜き穴。相談のときの材料になります
- 4自治体の建築指導担当課でがけ条例を確認する
建て替えの可否と条件。買主も同じことを調べます
- 5不動産会社に、擁壁があることを最初に伝える
後から出てくるより、先に出しておくほうが話が早い
最後の点が大事です。擁壁を伏せて売り出しても、買主側の調査で必ず出てきます。そのとき条件の話が振り出しに戻り、価格も下がりやすくなります。
把握している不具合を伝える義務については売主の告知義務にまとめています。擁壁のひび割れや補修歴も、その対象になり得ます。
空き家のまま持つなら
すぐに売らない、壊さないという判断もあります。その場合も、擁壁は見に行く対象に入れてください。
民法717条2項は、同じ規定を竹木の栽植または支持に瑕疵がある場合にも準用しています。斜面に生えた木が倒れて隣家や道路に被害を与えた場合も、同じ構造で責任が問われます。 斜面のある家では、擁壁と木の両方が点検の対象になります。
遠方の空き家をどう見に行くかは空き家の管理にまとめています。
よくある質問
擁壁が隣の家のものなら、こちらは関係ありませんか?
誰の所有かで責任の所在は変わりますが、関係がなくなるわけではありません。まず、擁壁が本当に隣地のものかどうかは、見た目では分かりません。敷地の境界と擁壁の位置がずれていることや、境界線上にあって共有になっていることがあります。登記や測量図、過去の造成の経緯を確認する必要があります。また、隣地の擁壁であっても、そこに崩れる危険があるなら、自分の家の建て替えや売却のときに制限や説明の対象になり得ます。まず境界と所有関係をはっきりさせるところから始めてください。
古い擁壁ですが、これまで何も起きていません。放っておけませんか?
何も起きていないことと、安全であることは別です。民法717条は、土地の工作物の設置または保存に瑕疵があって他人に損害を生じたときの賠償責任を定めており、占有者が必要な注意をしていた場合には所有者が責任を負うとしています。所有者の責任は最後に残る形になっているため、相続して所有者になった時点で、その立場も引き継ぎます。とはいえ、すぐに造り直せという話ではありません。まずは検査済証などの書類があるか、ひび割れや水抜き穴の詰まりがないかを確認し、状態を記録しておくことが現実的な第一歩です。
売るときに、擁壁のことは言わないといけませんか?
把握している不具合は買主に伝えることになります。売主は物件の状態について告知書などで情報を出す立場にあり、知っていて伝えなかった不具合は、引き渡し後の争いにつながります。擁壁のひび割れ、はらみ、過去の補修歴などは、その対象になり得ます。逆に、検査済証が残っていることや適切に維持管理してきた記録があれば、買主にとって安心の材料になり、価格の話もしやすくなります。隠すより、資料をそろえて出すほうが結果的に有利に働くことが多いところです。詳しくは告知義務の記事もあわせて確認してください。
一般的な制度の解説です。がけ条例の内容は自治体ごとに異なるため、実家のある市区町村の建築指導担当課にご確認ください。擁壁の安全性の判断は建築士・専門業者の領域です。個別の賠償責任については弁護士へご相談ください。
この記事の出典(3件)
- 民法 717 条(土地の工作物等の占有者及び所有者の責任)
- 建築基準法 40 条(地方公共団体の条例による制限の附加)
- 東京都建築安全条例 6 条(がけ)/八王子市: 建築基準法に基づくがけに対する規定